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エンゼルのあゆみ

創業

創業の時代の風景

昭和6年 「吉村パン」として初代が開業。
町の小売店として、近隣の食卓を彩りました。

この頃は、今と違いイースト菌も手軽に販売していなかった為、
普通のパン屋さんでも自家培養のものを使用していました。

今思えば、エンゼルの歩みは、一旦開業時の形態から離れて、
また戻っていく過程なのかもしれません。

戦後

戦後のパン工場

戦後、経営は二代目中心に移り、給食のパンを供給する体制を整え、
町のパン屋さんではなく、パン工場としての稼動を始めました。

直方市、鞍手郡の小学校を中心に毎日5,000食を供給していました。

転換期

昭和 エンゼルの手作りへの回帰

そんなある日、二代目が身体を悪くしてしまいました。
病んだ身体を癒す為に、食について改めて調べていったところ、
日々食している食品には多くの添加物が入っており、
それは決して身体を癒すものではありませんでした。

機械化した工場で毎日パンを作っていた二代目でしたが、
これを機にあっさり給食の供給から手を引いてしまいます。

ここからエンゼルの手作りへのこだわりが始まりました。


※写真の少年は三代目(現代表)。

町のパン屋さん、再び

町のパン屋さん、再び

工場も閉めてしまい、たくさん居たスタッフも7~8人に縮小。
町の商店街で手作りのパン屋さんが始まりました。

今だから言える事ですが、それまで工場で作っていたノウハウは
手作りのパンには全く通用せず、最初は上手くいかずに四苦八苦しておりました。
材料の仕入先にひとつひとつ材料の特性や活かし方を教わり、
遅い歩みですが、一歩一歩進めていきました。

※写真の野球少年は三代目(現代表)。

三代目


現在の店舗の風景

二代目が亡くなったのをきっかけに、三代目が代表に就任しました。

三代目は二代目の考えを、より推し進める為に、もっと変革が必要だと感じました。
自然に近いパンを作る為に、場所も変え、
「身体が喜ぶ食べ物は心にも美味しい」
をテーマに、水へのこだわり、より自然に近い長時間発酵等、手丸め、手分割という、
「手作り」へのこだわりを推し進めました。

酵母は生き物です。自然に近い方が良い。
三代目は移動の際、二代目の作ったパン酵母を連れていく為にパン箱等もそのまま持っていき、
出来るだけ以前の良い部分は残す努力も行いました。

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